ガキノコBARの店長日記

徳島県で「ガキノコBAR」の店長をやっております。20歳のクソガキですが、不器用なりにも必死こいてお酒を提供してます!!

「ファミリー」を追い求める人生。@ガキノコBAR

 

俺にとっての「ファミリー」とは何かを、メモ程度にこのブログに綴りながら、言葉に落とし込んで自分自身の感情を整理しようとおもいます。

 

 

 

 

最近、事あるごとにみんなに「ファミリーになろうぜ!」って言ってる。

 

 

俺の中で、"ファミリー"という言葉がやけにしっくりきてる。

 

 

人生という、果てしなく長くて空虚な時間を

俺は

「"ファミリー"を作る」と言うことに捧げる。それが俺の人生なのかなぁって思う。知らんけど。

 

 

俺がBARをやってる目的も"ファミリー"を作りたいからっていうのを、最近ものすごく感じる。でもまだ何か言葉足らずな気がするし、そうな気もする。

 

 

俺はどうしてここまで「ファミリー」を作りたいのか。

俺にとっての「ファミリー」の定義ってなんやねんやろ。

 

 

「ファミリーとは??」

って自分自身に問いかけてみたときに一番に思いつくのが

 

「切っても切れない関係」

「愛情」

だ。

 

てか、それ以外パッと思いつかない。

 

 

 

 

「切っても切れない関係」というのは、良いことでもあり悪い事でもあるような気がする。

 

とにかく俺は、みんなとずっと「ファミリーぐらい強い"何か"で繋がってたい。いつまでも関係を切らせたくない」という感じなのかな。

 

俺の依存気質なところだな、これは。

 

俺は、
"特定の誰か"じゃなくて、"みんな"に依存してしまうタイプの依存気質。

そやから、ほんまは仲良くなったみんなと毎日一緒にいたい。離れたくない。一生繋がってたい。

依存してるから、自分がボロボロになるまでとことん相手に寄り添う事が全然苦じゃない。

その分、
おせっかいでもあるし、うざいぐらい距離を詰めすぎてしまう。

この性格、良くも悪くもある。気持ち悪いよね。

 

 

 

 

 

「愛情」は昔から常に欲してた。

学生時代は親・大人に反抗しまくって、大人誰にも信用してもらえない虚しさから余計強がってた。

 

今やから言えるけど、あの頃は実はめっちゃ悲しかったし寂しかった。ホントはみんなに認めて貰いたかったし愛情を感じたかった。

 

そやから、俺はその時の気持ちを今でも引きずってて、常に「愛情」を探してる。

俺の承認欲求の強さは、そういう過去のトラウマからきてるのだとおもう。

 

 

ただ、最近になって気づけたのは、母親が俺に注いでくれてた愛情だ。

 

こういう生き方を選んだ理由の一つに、

親(大人)に対する反骨精神というのがあった。

昔から、大人達に自分の事を全否定されてるように感じながら育ってきた俺は
「大人達を見返してやるんじゃい!俺の考えが正しいってことを自分の手で証明してやる!!」

という熱量でやってきた。

俺は今、BARを通して色んな馬鹿なヤツらと関わってる。

みんなに心を開いて貰うのは大変。
何回も裏切られるし、全然分かってくれんし。。

そんな時、不意に
「あぁ、俺の親もこんな気持ちだったんか。それでもあんなにもとことん俺へ愛情注いでくれてたんか」

と、親の優しさに気づけた。

親が注いでくれた愛情を、
次は、俺がみんなに還元する番じゃい!という勝手な使命感をもってる。

どんだけワガママでひねくれたヤツでもいい。
どんだけ迷惑かけられても裏切られてもいい。

とことんまでそいつの事を愛し抜きたい。
俺が親にそうしてもらったように。

 

 

 

俺が

「ファミリーを作りたい!」って言ってる言葉には、こんな想いがこもってる、気がする。

 

こうやって言葉に落とし込んでみて、改めて自分の感情を整理できた。

 

俺は、みんなとファミリーになりたいです。本気の愛情を僕に与えてください🤤🙌🏻

 

みんな大好きです、結婚しましょう🤤🤤🤤🤤

 

 

一筆書きなので、なんかイマイチ文章汚くなったけどまぁ許してちょん😍